downloadGroupGroupnoun_press release_995423_000000 copyGroupnoun_Feed_96767_000000Group 19noun_pictures_1817522_000000Member company iconResource item iconStore item iconGroup 19Group 19noun_Photo_2085192_000000 Copynoun_presentation_2096081_000000Group 19Group Copy 7noun_webinar_692730_000000Path
Skip to main content

電動化と知能化がもたらすクルマの新時代

SEMI Members Day 講演レビュー
日産自動車 フェロー 久村春芳氏
採録:伊藤元昭=株式会社エンライト

 

日本の半導体産業にとって、自動車用半導体の市場は、技術開発と事業の両面で最重要市場となっています。モータリゼーションの時代を拓いた「フォードT型」が登場してから100年以上経ち、自動車のあり方とその技術が大きく変わろうとしています。「電動化」と「知能化」。これら2つの潮流が、自動車をさらなる進化に導き、市場の成長をもたらします。

人間の移動距離は、所得と大きな関係があります。各国の国民一人当たりの国内総生産(Gross Domestic Product:GDP)と同移動距離の関係をまとめた調査結果を見ると、GDPが伸びるほど移動距離も延びています(図1)。つまり人間は、生活に余裕が生まれると、どこか遠くに行きたくなる生き物なのです。そして、「ハワイ旅行がしたい」「どこか遠くの様子を体験したい」と思っても、経済的な余裕がなければその願いを叶えることができません。これは、国や地域が違っても、時代が移り変わっても見られる傾向でした。

ところが最近、少し様子が変わってきました。先進国を中心に、GDPが伸びても、国民の移動距離が延びなくなったのです。例えば米国の2004年から2005年の間の変化を追ってみると、GDPが伸びているにもかかわらず、移動距離は変わっていません。その後は、むしろ移動距離が縮んでしまいました。こうした現象は、日本でも英国でも同様に見られるようになりました。

travel distance and GDP

図1 GDPが増えると国民の移動距離は延びていた

 

移動距離の短縮にはクルマのあり方にも原因がある

こうした現象を引き起こしている最大の理由は、情報通信技術(Information and Communication Technology:ICT)の進化ではないかと言われています。ICTが進化することによって、家の中にいながら買物ができたり、海外の様子が詳しく分かったり、遠くの人と意思の疎通が取れるようになりました。このため、人間が移動する必要がなくなったという解釈です。

私たち日産自動車は、移動手段を提供している会社です。世界の人々の移動距離が縮んでいる原因の全てをICTの進化に帰着させるのでは、未来に何の発展性も見出すことができません。人々がもっと遠くに移動したいと思わせるため、私たち自身にも改善すべきことがあるのではないか。このような視点で自動車業界の今とこれからを考え、将来に向けた技術戦略を立てています。

 

嫌われる要素のないクルマを作る

クルマは、より遠くまで、より速く移動できる便利な機械です。同時に、運転することや乗ること自体が楽しい、人間の感性に訴える魅力的な製品でもあります。一方で、これまでのクルマは多くの問題を抱えていたことも事実です。クルマで移動する人が多くなるほど、移動する距離が長くなるほど、地球温暖化、エネルギーの大量消費、交通事故の発生、渋滞など社会活動の非効率を引き起こします(図2)。クルマには、継続的な社会活動の営みを阻む、負の側面があるのです。いかに便利で魅力的であっても、「所得が増えた分だけクルマに乗って遠くに移動してはどうか」と素直に勧められない状態なのです。

そこで私たちでは、究極のゴールとして「ゼロ・エミッション(排気)」「ゼロ・フェイタリティ(事故)」を掲げ、クルマの技術開発を進めています。負の側面のない、自信を持って進められるクルマを作ろうとしています。

car assignment

図2 自動車をさらに普及させるために解決すべき課題


課題解決の鍵は「電動化」と「知能化」

2005年、日産自動車の研究所では、「つながる」「広がる」「若返る」というキーワードに着目し、未来のクルマに持ち込むべき新しい価値を考えました。そして、価値を生み出すための技術開発の軸として、クルマの「電動化」と「知能化」に注力していくことにしました。

そして、こうしたクルマ作りの方向性を具体的なかたちで示すため、私たちは2007年の東京モーターショーに電気自動車のコンセプトカー「PIVO2」を出展しました。モーターによる四輪独立駆動で、フロントから乗り降りする独特な構造を持ったこのクルマには、「PIVO君」というロボティック・エージェントを搭載しました。PIVO君は、ナビの読み上げといった操作に必要な情報提供のほか、ドライバーの状態を認識して元気付けたり、和ませたりといったコミュニケーションをとるドライバーのパートナーです。おじさんの評判は今ひとつでしたが、女性には大いにウケました。

技術開発の指針を打ち出した後、製品としてはしばらく放置状態でした。それは、「電動化」や「知能化」を推し進めた製品を作るための要素技術が、十分成熟していなかったからです。例えば、「電動化」に向けた高容量のバッテリーはその時点でもありましたが、信頼性が今一つで、トラブルが多かったのです。また、当時のプロセッサーは、動作周波数が600MHz〜800MHzのシングルコア構成が最上位の製品であり、クルマを「知能化」しようにも性能が足りませんでした。

ただし、「電動化」と「知能化」に沿った技術開発と製品開発は、社内で着実に進められていました。

 

20年の技術開発の蓄積が「リーフ」で結実

2010年以降、「電動化」と「知能化」を推し進めた製品を、いよいよ市場に投入できるようになりました。このうち「電動化」の大きな結果が、2010年の電気自動車「リーフ(LEAF)」の発売です。日産自動車が電気自動車用バッテリーの開発に着手したのは1990年のこと。そして、リーフの開発は2005年にはスタートしていました。実用化までに20年を要したことになります。

こうして着実に技術を蓄積してきた結果、発売以来、リーフのバッテリーのトラブルは1件もありません。累計販売台数は、2014年末の時点で約15万台に達し、ご購入いただいたお客様の満足度も99%ととても高いです。

私たちは、リーフには、これまでのクルマにはなかった4つの新しい価値があると考えています(図3)。排ガスを出さずクリーンであること、エネルギー源が多様であること、エネルギー効率が高いこと、災害に強いこと、です。例えば、災害に強いという価値は、東日本大震災の折に、真価を発揮しました。ガス、石油などのインフラは、地震によってパイプラインが破壊されてしまうと簡単には復旧できません。これに対し電気のインフラは、2日もあれば復旧可能です。日産自動車は、東日本大震災の直後に30台のリーフを支援物資として拠出しました。それらは巡回訪問や医療の現場を中心に、フル稼働状態だったと聞いています。

electronic car value

図3 電気自動車「リーフ」が備える4つの価値

 

リーフの部品コストの70%は電気・電子部品

また、リーフは、単にエンジンをモーターに変えただけのクルマではありません。中身も従来のクルマとは大きく様変わりしています。電気・電子部品の塊といった様相です。例えば、現在のスカイラインには約70個のプロセッサーが搭載され、部品コストの約30%が電気・電子部品です。これに対しリーフは、部品コストの約70%が電気・電子部品で占められているのです。

リーフの課題は、航続距離です。現在、24kWhのLiイオンバッテリーを搭載し、航続距離は160kmです。ただしエアコンなどを使っている状態で走行すると、約100kmしか走れません。実際に1日に100km以上走ることはまれですが、70km走った時点であと30kmしか走らないと考えると、とても気持ちよく運転できる状態ではなくなります。バッテリーの改善による航続距離の延長は、とても重要な課題だと考えています。

 

ネットにつながるクルマが事業機会を生み出す

次に「自動化」に関連して、実際に実用化している、または実用化に近い2つのトピックスについて話します。

ひとつは、ICT技術によって、クルマはコネクテッドな世界に足を踏み入れたということです。

リーフは、24時間常にデータセンターとつながっています(図4)。そして、不具合情報を含めたさまざまなデータを集め、ビッグデータとして活用できる仕組みを作り上げています。ビッグデータの管理・利用は、クルマの「知能化」の重要な要素であり、ここが私たちに事業機会を生み出すと考えています。収集したデータを基に新しいサービスを提供していきたいです。

ただし、現時点ではこうしたサービスから収益を上げるまでには至っていません。充電ステーションの案内などリーフを使っていく上での情報提供くらいしかできていません。クルマがネットを通じてつながっていることを、どのように魅力的でビジネスになるサービスに仕上げるかがとても大きな課題です。

carwingd data center

図4 リーフは24時間データセンターにつながっている

 

着実に実用化に向かう自動運転技術

もうひとつは、自動運転が着実に実用化に向かっているということです。

自動車の最大の価値は安全です。近年、高齢者や若い人から、「運転するのが不安である」という声が聞かれるようになりました。また、高齢化社会が進むことで、「なるべく運転はしたくないが、生活のためには運転せざるを得ない」という人もいます。93%の事故は、ヒューマンエラーで起きます。自動運転は、こうした人たちに、安心感や利便性、快適性を与えることができます。日産自動車でも、既に研究レベルでは、都内にある本社から厚木市の研究所まで、ハンドルを握らず車線や周囲の状況を判断しながら、自動運転で走る技術ができています。

自動運転は、大きく3つの技術で実現することになります(図5)。クルマ自身が走行状態や周辺状況を判断し自律制御する技術、車々間通信で周囲のクルマと協調しながら制御する技術、中央管制からの指示に基いて制御する技術です。

このうち自律制御の一例である自動駐車は既に実用化しています。自動駐車は、走行速度が高くないため、技術的にはそれほど難しくありません。ただし、周囲のものとの接触はできないので、誤差1インチ以下の高精度制御が重要になります。一方、難しいのが高速道路への合流です。壁やランプが周囲にあったり、合流車線を走行する車両の前に入るのか、後ろに入るのか、相手の状況を予測しながら的確な判断をする必要があります。

車々間通信をいかに自動運転に生かすかは、今後さらに詰めて考えるべきテーマです。魚や昆虫は、群れになっても、お互いがぶつかることなくキレイに動きます。こうした生物に倣い、なるべく単純な制御で自動車の群れを動かす研究が必要です。

中央管制による自動運転は、社会全体の効率性を上げるうえで欠かせません。日本の高速道路では、よく渋滞が起きます。そのほとんどは、スピードと車間距離を制御するだけで防ぐことができます。渋滞をなくせば、無駄に損失していた時間や資源をなくす、大きなイノベーションになるはずです。

composet 3 skills of automated driving

図5 自動運転を構成する3つの技術要素

 

自動運転の確立には半導体業界の力が欠かせない

自律制御のシステムでは、「センシング」「認識」「判断」「アクション」という流れで処理を進めます。このうち、特に難しいのが「認識」と「判断」です。センサーで検知したものが、人なのか、物なのか、道路に描かれた表示なのかを知ることが難しい。こうした認識には、大きな演算性能が必要になります。

高速道路や渋滞している道では、ドライバーが起きていればまず事故は起きません。これに対し、「認識」「判断」すべきモノとコトが多い幹線道路や市街地の道路では、人間の能力をもってしても的確な状況認識、状況判断、そして意思決定が難しい。ドライバーは、能力が足りない部分を、経験とカンで補っているのです。

全ての道路で利用できる自動運転技術を確立するためには、人間が補っている部分を、コンピューターに教え込む必要があります。具体的に言えば、ネコか虎かを瞬時に判断できる高速機械学習を、クルマにスーパーコンピューターを搭載することなくできるようにする必要があるのです。処理アルゴリズムを根本的に見直さなければならないかもしれませんし、米IBM社が開発しているようなニューロチップがその解になるかもしれません。ここは、半導体業界や大学の技術開発に期待をかけています。

 

レビュー執筆:伊藤元昭=株式会社 エンライト

本稿は、5月15日に福岡市で開催されたMembers Dayにおける講演を採録したものです。SEMIジャパンは日本の会員への情報提供と交流促進を目的として、こうした講演を含むMembers Dayを定期的に開催しています。